授業では、まず、自分のビジネスプランを立てました。自分の希望を含めて講師に相談し、海洋大学にいるのだから、海洋大学のコンセプトと合っていること、研究から派生したことで魚のノウハウがよくわかっていること、研究室の施設などを使ってできる範囲であることなどを考慮して、「病原体フリーな実験用稚魚の販売」とすることにしました。ご存知の通り、動物実験においてはヌードマウスの存在があり、これが多くの研究の進展に多大な貢献をしています。それでは水産の研究においてはどうか、と考えたとき、ヌードマウスにあたるものはほとんどありません。自分の研究を鑑みても、病原体フリーな実験用稚魚が、いつでも、どこでも、安価に手に入ればどんなにか研究の助けになるだろうと考え、テーマを固めました。
そう申しましても、一般的に多量に販売できるものでもありません。まず、顧客となるターゲットを調査しました。これは自分の専門でもありますので、2−3年分の水産系の学会発表の講演要旨集を調べることで、大学や国公立の研究機関については比較的容易に、どこでどのような研究がなされているかの顧客層、そしてその分布はどうなっているかを把握することができました。次に、養殖する魚の種類をマダイ、ヒラメ、ブリとしました。これらは、どこの水産系学会においても、必ず話題に上るものだからです。しかしながら、検査機関や企業での研究状況など、すなわち、どこで、どのような魚を実験に用いているのか、などについては、前述の方法では掴むことができず、日経のデータ集を使っての調査となりました。
研究だけをしているのでしたら、日経のデータを紐解くこともないし、コストについての意識もなかったと思います。この生産コストの算出などは経験のないことでした。しかし、講師からサンプルを与えられ、それに当てはめて調べることを勧められましたので、自分でたどりながらやってみました。生産や販売については、研究者としては遠い世界ですけれども、そのような進め方でしたので、生産コストや荒利など数字的な算出は自分のプランに即して考えますと内容も難しくなく、容易であったと思います。
さて、このように進めてきたビジネスプランで生産される病原体フリーな稚魚は、その価格が、一尾、およそ800円と算出されました。これは現在、私が実験に用いている稚魚の約2倍の価格です。通常ではそのように高価な稚魚を購入するとは考えませんが、私はこう考えました。「現在の稚魚は1000匹単位で購入しても、実験に供するまでには約半分が死んでしまい、大きなロスが出ている。それに実験に供するまでの飼育の手間と費用もある。そう考えると800円は、高くはない」。この論理を背景に、私は顧客になりうるであろう研究室の教官に、「先生、買いますか?」、と尋ねました。「いや、買わない」、と、即答されてしまいました。それは、そうです。冷静になって考えれば、自分も買いません。1尾800円でも高くはない、との考えは、自分の中で勝手に組み立てている、多分に自分の希望を織り込んだ机上の空論でしかないのです。1尾800円の稚魚が売れないだろうことは容易に理解できていたにもかかわらず、私は自分自身にそれをわからないようにごまかしていたところがあったわけです。広くものを考えず、自分の頭だけで考えていると、こういうことになる、というよい経験だったと思います。儲かるだろうという机上の空論、希望的観測を、簡単に潰され、自分の思った通りには進まない現実をいいタイミングで学ぶことができました。これは研究をおこなう上でも同じだと思います。研究も自分の見たくないところを見なければ始まりません。狭い世界で構築する、独りよがりな理論だけではいけないのです。
ビジネスプランの作成とは別に、毎回、実際に経営戦略を練っている、会社の経営者や企業家がゲストスピーカーとして講演をしてくださいました。通常の大学の講義ではお話をいただけるような方々ではなく、毎回のお話を聞いて、社会の風だけではなく、いろいろと感じるところがありました。研究者以外の社会人のお話を聞く機会などありませんから、ほんとうに貴重な機会でした。